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またね

Category: 日記  

しばらくブログを書いていないと、広告がバーンと出てるんだね。

オーラ診断...って、どんなわけでその広告なんじゃろ。
結構です。


元気に仕事も老人ホームの書道クラブにも行ってます。
夏の講習会はいろんなことがありすぎて、あらゆる感じで盛りだくさん
だった。数日、エンジン全開で挑んだ感じ。

車って、たまに思い切って回転数あげて、エンジンふかさないと、
むしろエンジンの性能が悪くなるんだってね。。
それと同じじゃないだろうか。


しばらくブログはお休みします。
また書きたくなるまで。



朝晩、虫の音が心地よい時節になりました。

またね〜。



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 2016_09_02

開かずの間

Category: 日記  

あっっという間に8月。
今年はいつにも増して早くて大変。

今年の夏は、教員免許更新講習があるので、勉強している。(何年ぶり?)
現代の教育事情とか、専門の書道のこととか。
もうすぐ、東京の学校に講習受けに通う。


でも、恒例の書道展もあるので、同時にやってる。
年々、先生は厳しくなる。
泣きたくなるときもある。
できなくて悔しいし、カチーンと来る時もあるし。
楽しくはない。
修行、とか、自分との戦い、なんだって。
先生も言ってた。
そうなんだろうね。
そして、一足飛びで階段を上がれないのが、こういうもの。
辛抱強い地道な鍛錬、しかないですな。
に、苦手だよー。



で、夏恒例の、断捨離もやった。
断捨離してる暇があったら字、書けよって感じだけど、
これも物理的にも気持ち的にも大事なのです。


「もうやらない」「もう違う」「バイバイわたし」
と思ったものは潔く捨てた。
途中からダンナも加わって、開かずの箱とかケースとかを開けて
選別。
それでも、まだまだ捨てられないものが残った。
これらは、次、かな。
保留。
あと、捨てると次、また揃えるのが大変なものは残した。
もしかしたら使う可能性あり、もチラリと考える。
そういう自分が残ってるってことだ。


片付けは、自分のことをすごくよく考える時間。
捨てるのか残すのか一生ものになるのか。
自分と向き合う作業。


ともかく勉強します。
試験受けて、受からないと免許剥奪!だからね。





 2016_08_02


書道の先生のところでお稽古をしていたとき。
煮詰まってくたびれてちょっとイラッとして、ぼーっとしながら
墨液をシャバシャバ振ったら、墨が飛んでいた。
キャップが緩んでいたのでした。
「ぎゃーっ!」

まるで黒い血が飛び散ったみたいな手の平を見たら、
案の定、服にも飛んでいた。(それもどんぴしゃりで白い部分)


生徒がよく、ぼーっとして墨をこぼしたり、制服につけたりして
「もうやりたくねー!」「マジ最悪!」「書道選ばなきゃよかったー!」
とキレるのを見てるけど、あの気持ち、わかるわ......


結論。墨で汚れるのは、墨のせいではなく、
その人のコンディション、気持ちが原因です(- -;)



で、ご存知の通り、墨は洗っても落ちない。
事故は実家に行ってた時。
こっちに帰宅してから漂白剤なんか使って洗ったりして。
(もちろんおちるわけなく)

それでも踏ん切りがつかず、ダメもとで、以前にも書いた、
近所の「プロフェッショナルな」クリーニング店に持ち込んだ。
(詳しくは 2015.4.20 のブログをご覧ください。)


結果。
「奥さん、自分で何か洗っちゃった?何もしないで持ってきてもらえば、
こういうポリエステルの生地だったら、墨は落とせたんだよね。」

がーん。
素人が変にいじらないほうがよかったんだ。
それにしても、墨を落とせる自信があったことが驚き。
どこのクリーニング店でもできるもの?


でも、この店長のさらにすごいところは
「よくなるために提案をして、(依頼してなくても困っているようなら)
具体的に対処してくれる」こと。
(以前にも、ポツリとこぼした私の話を聞き逃さず、直してくれました)


「いろいろ考えたんだけどね、この部分の生地を折って仮縫いしてみたよ。
ここに例えばリボンみたいな何か飾りをつけると、隠れると思うんだよね。
あ、この仮縫いは取れるから、取ってしまってもいいからね。」

かなり薄くなった墨。ずいぶん落ちていた。
さらに、手間賃なしで一手間、二手間かけてくれるとは。
「残念ながら落ちませんでした」と、黒いままでも仕方ないと思ってたから。


これぞプロ。だと私は思った。
誇りと、技への自信と、気持ちが入っている。
うーむ。
尊敬する。
この店長のおじさんには、信頼して預けて大丈夫な気がする。


一連の話を聞いたダンナもすっかり信頼した様子。


ザ プロのお仕事。









 2016_07_02

お琴 尺八 

Category: 日記  

先週の日曜日、市の芸術祭「筝 尺八フェスティバル」があった。

今年は龍生派が舞台上のお花を担当。
私のお花の先生がメインで飾り付けをするので、社中生徒数人で
その手伝いをしてきました。



IMG_1793.jpg


白い枝は桑の木、紫の丸いのはギガンジウム、かすみ草、山吹の葉。
初夏の風や水の流れとかそういうイメージかな。
本物はかなり大きく迫力がある作品。

会場は周囲全体が黒で、中央に非毛氈の赤がくるから、とても華やか。


こういう手伝いは、何をするのか現場でやってみないとわからない。
その場で一人一人が判断して、やることを見つけて行動していく。
気が回り、自分で判断し行動できる人たちと一緒に活動すると
あっという間に時間が過ぎる。
誰一人、ぼやっと指示を待つ人はいなかった。

こういう回転の早い、流れるような仕事をすると、あまり
疲れがでないんだな。


面白かったのは、(ほんとうの)舞台裏に潜入出来たこと。
出演者の控え室だったり数々の大道具の機械や、
いろいろな指示の張り紙とか、興味津々。



生けこみを終えて、翌日は演奏会へ。
先生に「お琴や尺八って聞いたことある?日本の伝統よ、すばらしいから
ぜひ」と言われ、下げ花(片付け)前、早めに会場入りをする。

お琴も尺八も、今の日本の日常には縁がない。
さらに、できるようになるのに「尺八は首振り3年」と言われるくらい、
何年もかかる。


「すばやく、簡単に、はっきり結果が出る(ついでに儲かる)」ことが
望まれる時代において、いつになったら上手くなるのかわからないような
悠長で修行みたいな習い事は敬遠されるね。



演奏する人たちの姿勢、佇まいは端正で凛々しく、静粛。

曲は、絵巻物のようなタイトルがついていて、そういう和歌のような美しさも
まとっていた。
(まくり、という曲名を書いた紙の書の字もすばらしかった)


でも、ここで演奏している人たちが亡くなったら、
この文化は途絶えるのかもしれないな.... 
もうなんか土壌が違うと思う。


でも私は、この「日本文化」がいつか時代遅れで化石になっても、
良さを味わえる人間として最後まで生き残りたい。


そんなことを心に誓って(おおげさだ!)
静かな「和」に浸かったのでした。




 2016_06_17


意外にもカラリとした夏みたいな天気になった。

今日も頼まれ仕事を終えて、これから持っていくところ。


去年の夏、向かい側の家が取り壊され、大きな木が数本切り倒されて
更地になった話をした。
その大木は、毎年カラスや鳥が巣をかけるところだった。

今年も巣作りに来たカラス。

あの木がない!

となった彼らは、近くのマンションの屋上に巣をかけ始め、
更にうちのマンションまで手を伸ばしてきた。

そうなると鳴き声もすごいし、ゴミも荒らすし、かなりやっかい。
(まぁカラスは人間のそんな都合なんて関係ないけど)

だからさ、あの木は残しておくべきだったんだよっ。
(これも、その土地の持ち主にしてみたら余計なお世話ですが)



で、ある朝。
カラス達が、うちのマンションの周りをぎゃあぎゃあすごい鳴き声で飛び回り、
ちょっとサイコな状況になった。ヒッチコック。

とにかく朝も夕も、すごい騒ぎ。
子供が巣立ったのかなぁと思っていたら、
とうとう、マンションの住人がカラスに頭を襲撃される事件まで起きた。
マンションの複数の出入り口に張り出される「注意してください!!」

おそろしい。


...原因は、マンションの植え込みにカラスの子供が落ちてしまい、
それを守るためにマンションに出入りする人を威嚇、襲撃していたことが
判明。
警察に通報して(??これがわからない。警察の管轄なの?)
鳥獣保護センターが子ガラスを連れて行き、ようやく親はあきらめ、
騒ぎがひと段落したのでした。


ほんとうにすごかったのよ。
郵パックの人も襲われたんだって。
でも、実はまだ...カラスは付近にいるのです。
バッサバサと羽音をたてて、低い位置を飛んでいる。
だから今度は、まだ油断してはいけないと、張り紙されているのです。



人間の一方的な考えで、ことを起こすと
意外にも人間が不愉快に陥ること多々あり。


- - -


先日、元 SOFT BALLET(ソフトバレエ)の森岡賢さんが
亡くなった。49歳。
ニュース見たとき、ほんとに驚いて泣けた。おおげさでなく。
大好きだったのよね。
10年くらい前に解散してたけど、今もときどき聴いてた。


テクノロックバンドっていうのかな。
おしゃれでアングラっぽくてかっこよかったの。
雰囲気も歌詞も曲もそのワールド、誰も真似できないよ。

今はこういうの、絶対にいない。
似たようなグループがあっても、たぶんセンスや曲で絶対かなわない。
彼ら天才だったと思う。


このバンドも20代から30代前半の私にとって、
氷室と双璧をなしていました。


いつか再結成することを期待していたけれど、
死んでしまうなんてね。

もう新しい曲を聴けないのよ。


今年は、まだそんなに年じゃないのに、っていう歌手が
何人も亡くなっている。
どうしちゃったのかな。


(そういう趣味のあう)同僚と
「氷室さんはコンサートやめちゃうしさ、森岡さんは死んじゃうし、
うちら、悲しいよね。みんなさ年取ってんだよね。」と
嘆きあった。


なんだかここ最近、少し昔を振り返ることが多い。






 2016_06_10

80年代

Category: 日記  

ああ、眠い...

関東も梅雨入りしたそうだけど、今日は天気もよくて気温も高く、
梅雨っぽくない。
頼まれ仕事を終えて、身体をほぐしがてら、ふらふら歩きに出かける。

運動したわけじゃないのに、夜にはぐったり。眠い。
太陽の光ってすごいのね。


最近、50歳になった人たちをターゲットに特集組んでる
雑誌が目につく。

キョンキョンもその一人。

アイドル当時は別に好きじゃなかったけど、歌は覚えた。
(私は明菜ちゃんが大好きだったの〜)

あ、なんか当時のアイドルが出るドラマシリーズがあった。
東海テレビ?そういうのは見てた。
(そうそう、当時中学生の私。一つ上のこわーい先輩が
芸能事務所に入ってて、ほんとうにちょい役でテレビに映ったっけ。
部活動中の生徒の役。二秒ぐらいの出番。
でも見とかないと怖かったから、ご機嫌とりに見たときがあったな。)


で、話は戻って。
キョンキョンに好印象を持つようになったのは、アンアンのエッセイ。
なんかいいなぁって。

そのあと役者活動をするようになってから、もっと好きになった。
彼女しか出せない空気を出すから。

IMG_1767.jpg



すっかり出版社に乗せられちゃったけど(笑)、おもしろいから
全然いい。
やっぱりエッセイ、いいよ。



キョンキョンが先を歩いているから
年をとるのが怖くなくなる、ような気がする。
ちょっと近寄りがたい先輩。
でも、なんかそのツッパった具合が、眩しいような。

うーん、やっぱり私ってヤンキー慣れしてるのかしらっ。
だって当時、友人達はみんな普通にプチヤンキーだったもんな。
そういう世代だったし、なんか田舎だったし(笑)

(でも、いまどきの不良は性に合いません。)


あー、眠。
さ、一週間仕事だぞ。









 2016_06_05


今日も、熱い話の続編です。

土、日、月と3日間に及んだ氷室京介ラストコンサート。
昨日、とうとう終わりました。

昨日(最終公演)は、どうしてるかなぁ、体調はだいじょうぶかなぁと、
時計を見るたびにそんなことを考えていた。(マジ)
終了後、ネットで何かツイート検索でもしようかと思ったけど、
その場面に立ち会えなかった悔しさとか、
ちくしょーいいなー!(あら失礼)の気持ちもあって
ほとぼりが冷めたらにしようと思っていた。

そしたら、今日、たまたまラジオでその話が!
運転中だけど、耳はすごい集中聴力。


最終日はなんと3時間15分、トリプルアンコールまでやったそう。
一度会場の照明が点いた後に、もう一回やったそうだよ。

ドームは超満員、ステージの後ろまで席を設けて、ぎゅうぎゅうだったと。
すごい。ステージ後ろなんて、モニターも見えない。
でも同じ場所にいて、その瞬間に立ち会うことに意味があるんだよな。

MCでは今後のことも語ったそうで、
LAで、B’Zの稲葉さん、GLAYのタクローさんと三人で焼肉を食べながら、
今後もアルバムを作っていく話をしたんだそう。
(たぶん、氷室はLAに住んでる)


土曜日は、氷室も「これで終わりだ」って繰り返すし、
私も悲壮感でいっぱいだったけど、
最終日は、光が見えたんだなと思って、ラジオを聴きながら
うれしくなった。

でもなー、やっぱりコンサートは格別なんだけどね。


よく、何か最後の場面に立ち会った人が(例 寝台列車の最終ランとか)
「今までありがとうー!」と「またなー!」とか声かけしてるのを見ると
「ふーん」と思っていた。
「ありがとうって、ねぇ...」と思ってたんだけど、
ほんとうに「ありがとう」と思うときがあるのね。
「ありがとう」がぴったりなときが。


私の人生の一部を、十分に華やかに彩ってくれて、氷室さんありがとう!
私もがんばるよー!




コンサートの帰り道、ドームからどっと吐き出された観客が、駅に向かう間、
話しているのが聞こえてきた。
「次はイエモンのコンサートかなぁ、復活したじゃん?」

あ、それ、私も気になる(笑)
(すみません。ミーハーで。笑)











 2016_05_24


さて。
なにから書いていくか。


一回治った風邪。
そのあと一週間経って、また風邪をひいて、また寝込んだ。
ヨワヨワしている自分が情けない。

が。いつもの老人ホームの書道教室に行ったら(重装備で)、
「先生だけじゃないですよ。なんか風邪を繰り返している職員、
多いです。咳がおさまらないとか。」
と言われた。

そういえば、耳鼻科でも「なんだか今年は咳を訴える患者さんが多い
んだよねー」と先生も言っていたっけ。

なんだ?あらたなウイルスか?PM2.5がこっちにも波及してるとか?


ともかく私の場合は、喉を酷使する職業病と、4月のストレス。
これはねぇ絶対思い当たる。

人間、ストレスは万病の元。抵抗力が落ちるんだな。
そうはいっても、生きていればなんらかのストレスがあるわけで、
とにかく対ストレスの力をつけなきゃならないのだ。

うまく体をひるがえして、スルーして、笑い飛ばして、
あるときはバカみたいにはしゃいで、
あるときは完全に目をつぶる。
ガチンコするのではなく、柔らかく戦いたい。


- - -


氷室京介を知っているだろうか。
曲は詳しくなくても、名前と姿は思い浮かべることができると思う。

今年56歳になる氷室は、去年、コンサートはもうやらないと宣言した。
耳があんまり聞こえなくなっていること、
体が不調で、体調に波があってパフォーマンスが思うようにできないこと、
そんな理由だった。

年末、新聞に大きく「LAST GIGS」コンサートの広告が出て、
私はそれを片目でちらちら見ながら、数日、なんとなく宙に浮かせて
いたんだけれど、
ダンナが「行かなくていいの?」と聞いてきたのをきっかけに、
行くことに決めた。

なぜなら、私はずーっとファンクラブに入ってたから。
何度となくコンサートに行っていたから。

10年近く前に、なんとなく氷室のファンクラブを抜け、
そのあとはいろいろだったけれど、
最後にやっぱり行かないと気が済まないと思った。



IMG_1765.jpg

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会場について驚いたのは、おじさんばっか!
(もちろん私もオバさんなんですが〜)
感覚としては、同窓会っぽい。
家族で来ているところも目立つ。
お父さん、お母さんは昔ファンでした。息子は中学生。みたいな。


今年BOφWY も含めて活動35周年。

コンサートではBOφWY時代の曲とソロ曲の半々といった感じ。

思っていたより、昔の曲が多い。
そして私は、大半歌える!わかる!
しばらく離れてたのに、私ってすごい!


氷室は、本当に区切りにするつもりらしく、MCでも繰り返して
「35年の中でもどうしても歌いたい曲ばかりにした」とか
「懐かしい曲も多いけど、思い出がたくさんあるから、
わかってくれるといいな」とか言う。

「ま、久々にコンサート来てみました!」的な私の気持ちは、
だんだん真剣になっていった。
氷室は真剣に投げかけてる。だからこちらも真剣に受け止めないと
いけない。それくらいの、鬼気迫る感じ。


生歌も久々に聞いた。
今の主流は、大人数で、口パクしてでもダンス重視って感じだし。
35年の間、「歌手」が変わって、流行りが変わって、
氷室は、その移り変わりをどう見てきただろうね。

氷室の生歌は怖かった。
身を削っているのを感じるから。
命を削っている感じがするんだよ。


- - -

コンサートは、ほとんどが、会場中の大合唱になった。
おじさんたちがすごく多いから、野太い声ですごい肺活量で
特に懐かしい曲がかかると、ドーム全部がうわんうわんと唸るほどに。

私はときどき泣いた(マジ)
BOφWYと氷室は、私の20代全部と30代前半の、
人生の一部分だったことを思い出したから。

何回もコンサートに行ったなー。
ほぼ一人で。で、一人で熱狂した。
そういえば騒ぎすぎて、靴を壊したことがあったっけ。
(もちろん今回も一人。同レベルの興味の人とじゃないと
こういうのは気を遣ってダメですから〜)

座って聴くコンサートは、数えるほどしか行ったことがない。
コンサートっていったら、
総立ちで、踊って熱唱して、拳振り上げて、が身についているので、
ムズムズして大変。
そういうコンサートの楽しみ方を覚えたのも、氷室だった。


- - -

解散したけど復活しました!的なコンサートはよくある。
「ハイハイ、解散ビジネスだね」なんて思うけど、
56歳の氷室、いつかまたやるだろうか...
満身創痍の感は否めなかった。
何年か後にやるかな。
どうかな。
でも、彼はあんまり嘘は言わなそうな気もするんだ。

でも、復活してもいい。
だってやっぱり同年代の星だとみんな思っていると思うから。


最後の曲は、氷室は泣けてあんまり歌えなかった。
それを会場中が熱唱して、カバーしてた。
すごかったなぁ。この人はみんなの青春だったんだ。
若くて、時に世間にツッパって、上昇志向があって、イケイケして、
そんな時代をたぶんあそこにいる人全員が思い出してたはず。

息をするのも大変なくらいの濃密な3時間だった。



帰り道、ドームホテルのところで、大勢がホテルを見上げているのに
気づいた。写真撮ったりね。

そこのホテルはこのコンサートの宿泊客が泊まっている部屋のようだった。
部屋横並びの、いくつかの窓に、
「thank you 愛してます 私達は氷室京介を卒業できない」
と外に向けて印刷された紙が貼ってあった。

そこでもやっぱり、またちょっと泣いた。


- - -

今、これを書きながら、BGMはもちろんBOφWY。

大丈夫だよ。私。
しっかり、こういう時代をくぐってきたじゃん。
自信持って大丈夫だから。










 2016_05_23

春から初夏へ

Category: 日記  

前回地震のことを書いてからも、こんな長くブログを開けずに時間が経って
いるのに、まだ熊本の地震は続いている。

なんとはなしに暮らしていると、「自然」て癒しで美しくて、エネルギーを
注いでくれて、私たち生物を優しくなぐさめて包み込んでくれるもの。
なんて思ってしまうけれど、
決して「わたしたちのためにあるもの」ではないのよね。

こういう問答無用の、言葉も祈りも情けも通じない、
誰の都合も関係ない自然の活動に直面したときに、
わたしたちは、いかにちんまり生きているのか、と感じる。

そんな自然の中だから、わたしたちは、知恵をふりしぼって
生きていかないといけない。
大地を離れては生きていけないと思うから。
(ナウシカで確かそういうセリフがあったね。)


GWは、書道展の作品の提出やらなにやら、
生けばな龍生派130周年花展に師匠が出品したので
渋谷までそれを見に行ったりなにやったりしていたら、
ひどい風邪をひいて、後半はぜんぶ寝込んだ。

新学期も始まって、ピークだったのよね。疲労もストレスも。
書道展の作品書きも、(私なりに)けっこう地獄見たし。


今は薬で強制的に治している感じ。

月曜からいきなり15、16歳と真剣勝負って、
ちょっとエネルギー枯渇してるわ〜。


きれいな花は私の癒し。
自然にそっぽ向かれ牙を向けられるときがあっても、
やっぱり
季節の移り変わりの風景は一番私を支えてくれる。


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 2016_05_07

エール 

Category: 日記  

新学期が始まりました。

なのに、この大変な災害。

友人が熊本市と長崎にいます。
熊本市の友人とも連絡がついて、とりあえず家族も家も無事だそうですが、
市内は大変なことになっていると。

こちらではみな3.11を思い出しています。

が。強烈な揺れの地震があんなには続かなかった。
あのときとはまた違った、大変な災害です。

そして、いつまたこちらでも何があるかわからない。
そんな緊張感もあります。


熊本市に住む友人は、小さな子供を連れて、
避難所にむかったようです。

私の安否メールの返信文の最後に
「この経験を、絶対に自分の力にします」とありました。


どんな場面でも光を見つけて、希望を失わず潔く向かっていく彼女。
きっとこんな状況でも、最大限、自分の力を発揮して、
この状況を切り抜けると思っています。


どうか早く、大地が静まってくれますように。
強く祈ります。



 2016_04_17

煮込みスープ

Category: 日記  

ただいま、風邪をひいています。

この冬はインフルエンザにもかからなかったし(ワクチンなし)、
たまに「まずい!」っていうのもあったけど薬なしで対応して
乗り切ってきたのにさ。

学年末の仕事を終えて、おわった〜春休みだ〜ってなったその日から
熱を出しました。
こりゃ、ようするに気が緩んだってことか。


思えば、1月から入試、証書書き、学年末業務、と年一番の忙しさ
(合間にインフルエンザの恐怖とか)を、
よくまあくぐり抜けてきたと思うわ。
ほんとキツイし。


ま、今回風邪ひきの引き金は
いやっほー!終わったー!ってなって、まだ肌寒い中、千波湖に
ウオーキングにでかけ調子に乗ってちょっと走った。
何ヶ月かぶりにいきなり激しく動いた。
これです。
あほくさ〜(笑)



熱を出して寝たり起きたりしていると、妙な夢をいろいろみる。

もう今さら顔をあわせるのが気まずい人とか、死んでしまった人、
長らく会ってない人などが、次々現れる。
普段はほとんど思い出さないような人ばかりが。


たとえるなら、ぎっしり食材が詰まった寸胴を火にかける。
下の方が焦げそうだから、ヘラで底からぐいっとひっくり返す。

ひっくり返してみたら、まだまだ火が通っていない生のゴロゴロした
食材が上にでてきて、「わ!こんな食材、突っ込んでたんだ!忘れてた!」
「こんなのこんな大きさで入れてたら、いつまでも生のまんまじゃん!」
「あぁもうこの食材もさ、もうわかったよ。早く柔らかくしようね。」
とか、そういう寸胴をかき混ぜる作業が「発熱長時間睡眠」っていう
ことかな。


そんなこんなでようやく熱が下がりました。
(まだ風邪ひき中だけど)

記憶の煮込みはうまくできたんだろうか。
とろとろのクタクタの、スープにでもなったのかな。(美味しければいいが)
ついでに、腰や背中などあちこち痛くて仕方なかったところも
痛みがひいていた。

具合が悪くてひたすら横になっているときは、記憶とか身体の
メンテナンスをしてるんだろうな。


身体は自浄作用があるっていうけど、身体の様子に逆らわないでいると
それなりにうまいようにしてくれると思う。


風邪は次にダンナへ移行。
どうもすみません。
それにしても移したら、私がもうちょっとスッキリしてもいいんだけど
まだだなー。
今回長びいております。
春のぷらぷらはまだ先だわ。







 2016_03_25


お花教室では、私が最年少なので、おねえさまたちの話は
とても面白い。
「大丈夫大丈夫!あと10年したら、そんな細かいこと気にしなく
なるから!」とか、「そーんなもんよ。みんな通る道!」とか
おねえさま達の、経験から導き出される言葉はよく響く。


先日、おねえさまの一人、子供がいない人と結構マジ話になった。

「私らは面倒を見てくれる人がいないから、どうにかしないと
いけないのよね。」

子供がいたからといって、老後、絶対面倒見てもらえるとは限らない
だろうけど、
よほどでなければ骨は拾ってもらえるでしょう。

それすらもないとなるとさ。


で、そこにお花の先生(80歳越え)が加わって、
「ホームには何としても入りたくないから、とにかく健康を
維持して踏ん張るしかないわよ。」という結論になって、

「だって、殺されたくないものね!」というオチに。

おねえさま方が言うと、真剣なのか冗談なのか微妙なオチ。

(あくまでこれは「笑うところ」ですので)


ちなみに40歳代から先、「運動」してるかどうかで
「将来の認知症になりやすさ」が決まるとか。
日常、よく歩いた方がいいようです。


お花の先生も、書の先生も、お教室のおねえさま達も、
「気づいたら、あら私死んでた!っていうぽっくりさがいいわよねぇ」

同感です。
(40歳すぎでこの会話に賛同ってどうだろう?)

私もぽっくり死ぬために、よく健康を保って、足腰鍛えておこう。
あ、脳もフル回転させときゃなくちゃね。



とりあえず目先の問題は、学年末なのでそれ関連の大変な業務を
きっちりこなすことと、
いよいよ書道展にむけて、バリバリ書かないといけないのと、
背中、腰のぎっくり痛みを改善すること。


そんな日常においてもメメント モリ。

ではまた。













 2016_03_04


今日は卒業式でした。
ここしばらくは、この学校の卒業証書書きの仕事はしてません。
クビになったみたい〜(笑)

正直、もうやれないなぁと思う。
ずっと、計500枚くらいを毎年一人で書いていた。
その疲労はすごいもので。
首と肩を痛めてからは、もうこんなに書けないと
感じてます。
最近は幼稚園から頼まれて数十枚、書いている。
それだけの枚数なのに今年は腰と背中にもきた。

毎年、満身創痍で臨んでます。
もうこれ以上はちょっとね。健康あっての仕事ですから。


- - -

卒業式でのひそかな楽しみ?は校長先生の祝辞。
けっこうグッとくる話をされるんだけど、今年はフツーだった。残念。

それよりも保護者代表謝辞、今年はこれがとても良くて、
目頭が熱くなったなぁ。
「報われたって思った人も多いかもな」と思ったり。

昨今の状況は、「先生」にとって苦行なことが多々。
たまには「ああ仕事してよかった」と思える瞬間があっていいと思う。
先生も人間。
ひどいことを言われれば傷つくし、悩みもする。
先生=叩く対象、みたいな構図はいつからできたんだろう。
はけ口、ゴミ箱じゃあないんですよ。



今日、ふと思ったこと。

ある人に対して怒りとか軽蔑の気持ちがどんどん高じていって、気持ちが
爆発している真っ最中に、突然その人を「なんかこの人、哀れに思えてきた」と
思う瞬間がある。


「哀れ」って思った時点で、怒りは収まり、すっと冷める。
冷めたら全部終わり。
怒りがあるうちは、その人に、ある意味「愛」がある。熱量がある。

「哀れ」には愛はない。関心もエネルギーも注ぐ対象でもなくなる。
(私の場合。)


そんなことを思ったんだ。










 2016_03_01

必修英語

Category: 日記  

お久しぶりです。

とか言ってみたけど、
もともとマメじゃないから気付かれないか(笑)


最近、更新しなかったのは、とにかく忙しいこと。
ゆっくり書く暇も、書く気もわかなくて。

そして、ブログについてなんか考えちゃったから。

ん〜、私にとってブログって何かな?


という具合に。

書く気が湧くまで放っておいて、ようやく今日、というわけです。


不定期更新で5年目。


すべてがこれからも未知。です。
生活も思考も、なにも「ナマモノであり、とどまらない」。


- - -

ここしばらくの中で、一番ビッグな出来事は
マドンナのコンサートに行ったこと。
それも(すでにネットなどで語られてますが)
開始が2時間も遅れたという、話題の日に!


埼玉の友人のところに宿泊する計画だったから、まぁ23時すぎまで
しっかり聴けたけどね。
一人で行ってなくてよかった。孤独で倒れるよ。

いやいや、すごい1日だった。
一生の語り草になるかもしれない(笑)

そしてすごいのは、その話をすると誰もが
「まぁあのマドンナだからねぇ。うん、あるよねぇ」と
あんまり驚かないこと。


ついでに、日本で誰だったら2時間遅刻が許されるか考えてみた。
やっぱりサザンオールスターズかな。福山くんも許されるかもな。
あとはインディーズみたいな熱狂的ファンがついてるグループとか?


アメリカ帰りの同僚にその話をすると、
「アメリカでは機嫌が悪くなって帰っちゃうとか、勝手に途中でやめちゃうとか
よくあるんだよねぇ。」
と言っていた。

きっちり時刻通りに電車がくる日本じゃ、許されないな。うん。


IMG_1616.jpg



このコンサートで、私がショックを受けたこと。
(それは2時間遅刻されたことではなくて)

ステージに近いスペシャル席の近くで、マドンナがMCを始めた。
以下、ちっとも英語がわからないので、なんとなくの解説です。

「この花束を受け取った人と私は結婚するわ!」
「さあ!」
とブーケを放ったところ、若い女の子(たぶん日本人)が受け取り
前に出てきた。カメラもアップで彼女をスクリーンに映す。

マドンナ「あなたは英語、わかるかしら?」

その女の子はウンウンと頷いていたけれど、どうも全然わからないみたい
だった。
マドンナは彼女にいろいろ話しかけるんだけど(それも私もわからない...)
彼女は曖昧な顔でニコニコして頷いているだけだった。

で、マドンナは
「ああ、あなたとは結婚できないみたい」と匙をなげ、
「次に会うときまでに英語ができるようになってらっしゃい」と
言い、会場の英語がわかる人からは「あぁ」と嘆くため息がもれた。
(外国人もいっぱい来てたの)

ちなみに私も理解できてないので、↑↑だいたいの感じで書いてます。


悲しいかな、マドンナに指名されたその女の子は、匙を投げられたことも
わかっていないようだった。

そのとき、「まずい!私も同類だ!」と怖くなったのよね。
コンサート中も、色々MCが入るんだけど、わっかんない。
一緒に行った友人はわかるみたいで、笑ったりしてるんだけど、
私はわからないんだよー。
(たまにわかるものもあったけど...)


仕事先にも留学生がくることが増えてきてるし、公用語として
少しでもやりとりできるのが、もう必須なのかもな。
だってお店とかレストランとかホテルとか、できないとダメな
レベルなんでしょう?


とういうわけで、中学英語から勉強しようかと。
しよう、でまだやってないんだけど。


そんなことも考えたのでした。
マドンナ、やっぱりいろんな意味で影響力、大よね。






 2016_02_22


1月は毎年忙しいのだけれど、今年もまぁ気づいたら2月よ。

全部書くのは多すぎるので、ざっくり。


去年の秋頃から生活のいろいろを見直ししております。
それは年を明けても続いていて、そのいろいろが
こちらの思うように進まなくて、うーん、とにかく
イライラしたり嘆いている暇もばからしいから、
日々淡々と進めています。

意味不明だ(笑)


ま、細かく書くほどでない、超個人的いろいろ。
華やかさとは無縁の、
とにかく事務処理みたいな日々。
ブログに書くほどのことは何もない日々です。


そんな合間にも、家族のこととかお世話になっている人のこととか
いろんな心配事もいろいろね。


あ、私は元気です。
とにかく、もくもくと暮らしてます。



天候もずいぶん荒っぽくなったこの頃。
こちらも少々雪が降った先日。

実家からノーマルタイヤでヒヤヒヤしながら帰宅すると、
駐車場では子供たちが静かに、もくもくとかまくらを作成していた。
で、建物の出入り口に雪だるま。
解けてる。でもかわいい。
見て欲しくて、ここに作ったんだろうなぁ。
なんだかいい。


IMG_1609.jpg



さて、またコツコツと、かつ着実に日々を過ごていくとするか。
早く3月になぁれ。



 2016_02_01


今年も宜しくお願いします〜

2015はなんだか気持ちが暗渠にあったことが多かったなー。

で。新年早々、はっ!とする文に出会ったので、ここに記します。
はっ!っていうかギョッ!っていうか。

- - -

自分の価値を他人からの評価に依存すればするほど、傷つくことが
多くなる。(中略)
そして自分が憂鬱になった原因は相手だと思う。

しかし不愉快になった本当の原因は、相手の態度や言葉ではなく、
自分の心の中にある。
つまり、自分の価値を他人の評価に頼る、心の姿勢である。

(中略)
他人をそこまで不当に重要な存在にしてしまうのは、自分の依存心である。
したがって、いつまでもその心の不安定さから抜けられない。

「自分の価値を他人に頼れば頼るほど、自分を卑しめる機会が増える」

以下略 
著者 加藤諦三

- - -


ひゅ〜... (凍りついて青くなる)

...これは、私に言ってますか?!



自分の考え癖に気づくことがまず第一歩、という内容だったので
気づいたのはヨシとしよう...


今年はこのことを意識して生活する。
今年のテーマ!


そうそう。
寒くなると思い出す友人の言葉がある。

「寒いのは好き。早朝の空気とか、キーンと冷えた空気に触れると、
ああ私生きてる!って思うんだ」

寒くてゲンナリするとき、いつもこの言葉を支えにしてるんだ〜。

やっぱり寒いときはキッチリ寒くないと、あとで絶対ツケが回るんじゃ
ないかと思うわ。








 2016_01_09


2015 大晦日になった。

数日前から大掃除して、松飾りもつけて、ちょっとしたおせちも、
年越しそばも準備し終えた。
今年は順調。

毎年、年末にどばーっとやることがあってなんでこんなヘロヘロになって、
お正月を迎えなくちゃいけないんだろ!?

と思うんだけど、
今年、掃除をしながら「あぁそうか」と腑に落ちた。

うちの母が言っていたことがきっかけになって。


お正月は、その年の「年神様」が家にやってくるのだ。
松飾りは、年神様がぴゅーと目指して降りる目印。
お迎えの準備ができてますのでいらしてね!っていう目印。
おせちは、年神様も一緒に召し上がるご馳走。


そうだなぁ。
年神様を、超VIPなお客様って考えてみる。
例えば、大好きなアイドル、世界的なミュージシャン、
ドバイの富豪の御曹司(?)...

とにかく自分が会いたくて仕方ない、まるで神のようなあの人!って考える。


そういう、心臓がばくばくするような人のマネージャーとか秘書から、
「1月1日に必ず伺います。お宅でご飯も食べるし風呂にもトイレにも入って、
数日お過ごしになられます。迷わないように玄関に目印をつけておいてください。」
って連絡がきた。みたいな。

そしたらやっぱり、頑張るしかないよなー。


今年の年末は、そんな妄想?をしたら、サクサク活動できた。
だって明日はすごい人が来るんだもの!(笑)

明日はあの世界的ロックスターがいらっしゃる!
それとも大好きな、あのアイドル!
しばらくお泊まりしていくのよ〜。どうしよう!


ってことのようです。お正月の意味は。

「お正月なんて、別にいつもと変わらないよね。別に掃除とかやらなくても
どうでもいいよねー。」と、モチベーションが上がらないとき、
この妄想を糧に頑張ってみるのもいいと思います。


さて、いよいよ明日はあの人がくる!
......妄想中。
楽しい(笑)

よいお年を。









 2015_12_31


私の周りの友人たち。いろんなことに奮闘し、どう生きていくのかを
考えながら進んでいるみたい。
40歳前後って、身体、家族を含めた生活、仕事......
自分はどうなるのか、どうしたいのか、深く考えるころかもしれない。


私はというと、やるべきことはやっているんだけど、
最近全体的にビジョンがぼわぁんとしているのが事実。

小さいコツコツがいずれ大きく形になるのかもしれないが、
なんだかコツコツが小さすぎて、近視状態で、このあとの方向を
つかめない感じかな。

私はどうしたいのかな?どうなりたいのかな?

うーん。(ちらっとときどき見え隠れするときがあるんだけどね...)

実際には、夢を見てうっとりしてていい時期は、とうに過ぎているのよ。
やっぱり現実的に考えないといけないよね。



ん、まぁよかったことを振り返るか。

身体メンテナンスに気合をいれたせいか、冷え性はだいぶ改善してきた
実感がある。とにかく風邪をひかなくなった。
具合が悪くなるタイミングがわかって、回避できるようになった。
これはすごい!


長年、懸案事項だった家のことのいろいろな見直し。
かなりテコ入れして改善した。やればできるな!


んん〜、仕事面ではですね。なかなか難しいことがあったね。
これは継続中。いやはやいろいろ鍛えさせられるわ。
この歳でさー。なんだよまったく。
(この歳だから?)

最近はやたらに分別ができてしまって、ちょっとつまらない人化かな。
あー、でも嫌いなものもすごく増えた。
丸くなったのか... がんこになったのか... よくわからん。



- - -

先日、老人ホームの書道教室をやってきました。
年末なので「年賀状をつくろう」。
絵手紙教室の担当の方の協力も得て、文字プラス色付けをして
しあげました。

99歳の、常連のおばあさん。
お風呂の時間と重なってしまったんだけど、急いですませて駆けつけ。
並々ならぬ気合を感じる。

「福がきた」の言葉をじっくり丁寧に二枚。

聞くと、ひ孫が今度高校受験だから送ってあげるんです。と。

「これをもらったらきっと合格しますよ!」なんて言っていたら、

「年賀状を出すのも今回が最後になる気がするんです。
だから、今日は一生懸命、頑張って参加しました。」と。

「いやですよ〜、来年も参加してくださいね!」と言ったけれど、
やっぱりこればかりは私にもなんとも言えない......

ここで教えていると、高校の仕事だけでは絶対わからないことに触れる
ことが多い。



なーんかさ、自分のおばあちゃんのことを思い出しちゃったよ。


- - -

もうすぐ申年がやってくるね。































 2015_12_17


夏真っ盛りから始まった、マンションの大規模修繕。

庭には足場ががっちりたち、ネットが張り巡らされ、
想像以上に家の中が薄暗くなった。
(今年の秋は雨ばかり降っていたからなおさら暗い)


庭の植物も枯れ果て、踏み荒らされ、まぁ...無残な姿に。
(この庭もレンタルだから仕方ないんだけど)

毎日来ていた鳥たちも全然来なくなった。


そんな最中、向かいの空き家が取り壊され、季節を彩ってきた
大木がすべて伐採される。
それも悲しかったなぁ。


家の中が暗い上に、常に人が出入りしてるから、
窓開けっ放しもできなくて換気も悪い。
今年は例年よりハウスダストも感知してるんだよね。

人があちこちにいるのもやっぱり気になるし。



洗濯物はね、洗濯干し情報っていうのが毎日更新されて、
それを確認して行動するのです。
でも4ヶ月間、天気が悪いのもあったし、ほとんど干せなかった。




そーんな一連の工事も今月いっぱい。あと少しだ。
先週は!庭の足場が取れました!きゃー!


初めて気づいたのは、庭側から日之出が見えて、
陽の光がどどーっと入ること。

むむむ。
これは向かいの家が更地にならなくてはわからなかったことだ。
(私ってば都合がいいわ)

太陽ってありがたい。心底思う。



外が明るくなってやる気も出たので、先日から庭の改造を始めた。
もう枯れちゃったりしたのは仕方ない。
しきり直す機会をもらったと考えよう。


次の工事は15年後。
ま、今はあんまり考えない。



そうそう、こういう工事って現場監督の監督力がすごく大事だと思った。
次から次へと入れ替わる工事の人たちを統率しないといけない。
なめられちゃダメだと思うんだよね。

うちに来ている監督はピエール瀧に似てて、うちでは「ピエール」と
呼んでいた。
ピエールは頼り甲斐のある監督だと思う。


日本全国、西から東へ、その土地に何ヶ月も滞在して現場監督をしている。
家にいつ帰るんだろう。
そもそも家はどこにあるんだ?
ここが終わると次はどこの現場へ行くのかな。


まだもうちょっと工事が残ってるんだよね。
あと少し、よろしくお願いします。



それにしても、明るいってほんとにすばらしいよ。










 2015_12_04


県民の日の休日を利用して、金土日と長野に行ってきました。

目的はとにかくとにかく転地療法。
リラックスを意識的にしないとどうにかなってしまう!という
ダンナの強〜い希望。
9月のシルバーウィークから、11月の上旬まで、休日が1日もなかった!
というブラックな仕事。

「代休をとれ、というけど、どこに代休をとれる時間があるんじゃ!」
というダンナのぶち切れ怒りの声。


そういうわけで、長野、なのです。


あちらは紅葉シーズンはもう終盤。

それでもこっちの景色とは全然違う。
山の澄んだ空気を吸い、一面の紅葉を見ると、とにかく自然と肩の力が抜ける。
今回は久しぶりに碓氷峠を旧道を使って峠越え。


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松本にて。


IMG_1576.jpg




先月末、書道の、ある試験を受けた。

この試験、誰でも受けられるわけではなく、もちろん受験資格がそろい
先生から受けてもよいと言われないと受けられないもので、
おかげでこの試験に向けても書きまくった。

長野から帰ってきたら郵便が届いていて、無事に合格。
封書を開けるとき、ドキドキするよね。これは何歳になってもするものかも。
あぁよかった。一つクリア。


でもたかだか一つ階段を上がっただけなので、
また頑張ろう。まだまだ。




この間、勤務先で年上の同僚の先生から
「先生には道(どう)を教えてほしいですなぁ。道(どう)は日本文化の
大事な一つ。これからのグローバル教育に欠かせないものですぞ!」
みたいに言われた。
(立ち話とノリの会話なので真剣な依頼ではありません)

「はぁ〜。できるだけがんばります〜。」なんていいつつ、考えてしまった。


道(どう)ってなんだろ。

柔道、剣道、華道、茶道、書道、etc......

なんとなく共通したものがあるのはわかるけど.....
私は明確に説明できません。

ぼんやり思うのは、
「授業でちょいちょいって教えて、道をやったことになるのかな?」


私の弟は、剣道を30年以上続けている。
私も書道は30年以上、華道は20年。


でも、こんなにやってても、やってもやっても終わりはないし、
どこか真理?に到達した!というわけでもない。

そして、どれもお金儲けにならない(笑)
(大〜きなものに巻かれたり、派手〜に活動すると儲かるかな?笑)


そんなわけで、ときおり思い出したように、「道」ってなんだろう?と
考えているところです。


たぶん、道って言葉でつらつら説明したところで、やっぱり本当に
説明できたことにならないと思う。


いやね、そんなに小難しく考えなくてもいいんだろうけど。
カリキュラムの中の授業だし、あくまで仕事だし。



そうそう、話は最初に戻るんだけど。
ダンナいわく、
「今回の長野旅行に行って、フェーズが変わった。」んだと。

でたー。まったく意味がわからん。
とりあえず本人にはなにかあったらしいよ。














 2015_11_23

筆の国から。

Category: 日記  

う〜ん、頭がおかしくなりそうだ〜〜 ...と言っていた前回。
(意味がわからない人は前の記事をみてね!)


無事、頭も身体も整理整頓することができました。あーよかった。

仕事がない日を大事にして、切り替えを意識してリズムを作ると
色々安定するな。
正直、大勢ワイワイする場所は私にとって混乱のもとです。
(コンサートは別!)


地に足がつかないような浮ついた感じがするときは、
静かな時間とスペースを確保して、むやみに動き回らないでいると
身体を駆け巡っていた澱が静かに沈殿して、
出て行って終わるような気がする。
今の私はこのやりかたが大事。

(↑こんなあいまいな説明されたって、意味わかんないよねー笑)


- - -

先日、この辺では一番規模の大きい農産物直売所に行ったときのこと。

入り口近くの果物売り場で、「あれま〜ちょっとこれは売り物なんですよ〜」
という店員の困った声が響いた。

見ると、若作り気味のオバはんが、売り場のカゴに盛られていた小粒ミカンを
その場で皮をむいてばくばく食べていて、言われた当人は「は?試食じゃないの?」
みたいな顔をして、焦ったり恥ずかしがる風もなく、手に持ったミカン(売り物)を
しっかり食べきっていた。

さすがに周りの客はひいてたね。
オバはんの後ろにいた若い客は「信じらんない!食べるかフツー?」と結構
大きな声で牽制していた。
でも、その後もあの人はお金は払っていない。
一緒にいた旦那さんは知らんぷりしていた。
(私はずーっとオバはんを目で追っていたのでした。)

このおばさん、「試食ぐせ」がついているんだろうな。


全く別の場所、別の店のこと。

そこはコーヒー豆の専門店で、奥に焙煎を待つためのちょっとした
カウンターがある。
そこには、所狭しとオススメ品とか小分けにしたお菓子とかが並んである
んだけど、この間、「これは売り物です。試食ではありません。」
というポップが貼ってあった。

試食......

ちゃんと値段はってあるよ。

目の前にプチサイズの食べ物があったら、
それはみんな試食なんですかね?えぇ?

「試食ぐせ」って絶対あるな、と思ったわ。


- - -

ぜーんぜん違う話。
こっちは文化的な話よ!


少し前、私が勤めている学校に、モンゴルから超短期で留学生が来た。
男女一人づつ。

彼らは約二週間、クラスの一員として一通り授業を受けていきました。

芸術は実技だからなんとかなると思ったけど、言葉は心配だったなぁ。

ところが。
彼らはモンゴルでは「オール日本語教育」の高校に通っていて
全く心配がいらなかったのでした。

オール日本語教育の学校って、モンゴルでは人気があるんだって。
ただ、誰でも入れるというわけではなく、彼らはかなりのエリートで
頭もピカイチ、財力もピカイチなのです。


ちなみに顔も私らとよく似ていて、制服も日本の学校と同じような
デザインだからクラスに溶け込みすぎて、先生達は
「どこにいるか見分けがつかない...」と言っていた(笑)


さて、授業の話。
モンゴル語は漢字とは全然関係がなく全く読めない。
けれど筆で書く「モンゴル書道」というものがあって、筆に抵抗は
ないみたいだった。

好きな漢字一字を書いて簡単な作品にして持ち帰る、というテーマに
していたので、「好きな言葉はありますか?」と聞くと、男の子の方が
「僕の名前は平和という意味なんです。だから和を書きます」と言っていた。
女子生徒の方は、迷ったあげく「恋」にしていた。かわいい(@^ ^@)
(やっぱり国は違えど女子だわ!)


彼らが帰国したあと聞いたのは、男子生徒は日本で一番面白かった授業は
「書道」だったと言っていたそう!!やったね!


で、長くなりましたが、そのとき女子生徒が授業の残り時間で書いていたのが
これ。↓↓

IMG_1537.jpg


これは縦書きで「モンゴル」と書いてあります。
男子生徒がいうには、彼女は学校でもモンゴル書道がすごく上手な生徒だそう。

なんか素敵だな〜と思ったので、ねだって残してもらった。
彼女も気合を入れて、何度も気にいるように書いていた。

一枚は書道室に。
一枚は私がもらってきた。


筆つながり。うれしい。


 2015_11_08

飽和。

Category: 日記  

書道がらみのやるべきことが、ひと段落した先週。

解放された先週末から、なんというか人にたくさん会い続けている。

人混みも出かけた。人人人を掻き分けて歩いた。

今、仕事内容でも私が先頭を切ってテンション上げて、
生徒たちを引っ張らないといけないし、負けてはダメな状況で、
毎日毎日、かなり強烈にぐいぐい気持ちを持ち上げている。
10代に合わせてテンション上げたり、負けずに気を張るって、
けっこう負荷がかかるのよね(- -)


今週に入ってからは、人間模様の噂話、実はあの人は...って内容の話が
いくつも耳に入り、少なからず衝撃を受けて家に帰っても頭から消えず、
まだ澱みたいに頭に留まってるし、一晩寝ただけじゃ整理できていない。


単純に人に会いすぎ。それから情報が一気に流れ込みすぎ。

怪しげな言い方だけど、体の気脈が乱れまくっている感じがするのです。
余分なものが放電できてないし、
足も地についてない感じもする。

疲れた〜〜。


明日から意識して色々シャットアウトしよう...(- -;)

整理して、なんか色々身体から流さないと。



 2015_10_29

メラメラ嫉妬

Category: 日記  

女子生徒(珍しくいまどきでない普通の子)と話していたら、
彼女たちは人間関係、男女、ドロドロのドラマが大好きなんだそうだ。
ドロドロしてればしてるほど面白い、キャ〜!(@^ ^@) と言っていた。

ひえ〜(> <;) 私は苦手。
そんなの、現実世界だけで十分じゃ。
ま、たまにそういうドラマが面白いときもあるんだけど。




先日、本にまつわるBS番組でゲストに来ていた柴門ふみさんの話が
面白かった。
男の嫉妬、女の嫉妬について考察した本を出版したので、
それについて語る内容。


おしげもなく自分の嫉妬遍歴を面白く語っていて、
この人、よくわかってるなー!と
「わかるなー。この人よくわかってるよ。そーそー!」なんて言ってたら
ダンナが「え!これがわかるの?キミ、嫉妬するの?!」

驚いたねー。
女の嫉妬心に無頓着なんだな、男の人って。だから色々起こるんだよ(笑)
それか、よっぽど私の隠蔽の仕方がうまいんだ(笑)

しますよ。嫉妬。
柴門ふみさんのエピソードは全部私もやったよ!って思ったもの。
でも普通軽々しく人に見せないよね。


柴門ふみさんが言っていた印象深かった言葉。

「嫉妬はされる側には何も罪がない。する側の心の問題なんですね。」

柴門さん自身、嫉妬をすることもふまえて導き出した、
キッパリした言葉でした。


そう、あといいなぁって思ったのは、

「嫉妬はものすごいエネルギーがあります。
それは相手を傷つけたりするような悪い方向に使っては絶対にいけない。
でもそのエネルギーは、何かをするためのとても強い原動力になる。
私は、その嫉妬のエネルギーで、こんにちまでやってくることができた。」

そんなことを言っていた。




全然関係ない話だけど、立ち読みした本に書いてあったこと。
(買おうよ)

「こころに 勢いをつける」

勢いよく行動するとも違うし、わけもなくポジティブになるのとも
ちょっと違うんだって。こころ、なの。


書いて、うちの冷蔵庫に貼った。











 2015_10_26


すっかりごぶさたしてます。
久々多忙を極めておりました(- -;)


今年の春頃、「書道界の競争に巻き込まれることにしました」と宣言したけど
そうなるとやることが次々現れて、あれよあれよと巻き込まれている最中です。
びっくりよ!


9月に、所属する団体の書道展に出品。
去年のその書道展では、頑張ったで賞?みたいなのだったけど、
今年は、「中の下」ぐらいの賞に上がりました。
幸い少しは成長しているかな。
もっと上がったら、大声で言います(笑)


9月のシルバーウィーク、書道の記念式典のパーティなるものに
初めて出席して、隅っこから書道界を垣間見てきました。
ついでにパーティ向きの服やアクセサリーを買ってみたり...(^ ^;)
会費とか色々入り用で、財布もびっくりだよ。


10月初めは、県の生け花の花展に出品。
私のお花の先生は、やると決まったらとにかく妥協しない人なので、
それはもう、徹底的に取り組まされました。
苦しかった...
まぁでもその成果は出たと思う。


そしてついさっき、8月末から取り組んでいた、書道のある試験課題作品が
出来上がり、先生のところに発送し終えたところ。


書道の先生もかなり厳しい方で、言い訳とか泣き言とか絶っ対許さない。
この歳になって、怒られることをビクビクするってあんまりないでしょう。

何度もダメ出しをくらい、ようやく終了。
やることはやったので、あとは結果を待つだけだー。
どう転ぶかは、今はわからないな。


はぁ〜...そういうわけでようやくブログを書いてるわけです。


こんなに、何ヶ月にも渡って、追い込まれて字を書き続けたことが
今までにあったかしら?

自分でもびっくりだよ。

これは大変なものに巻き込まれたわ。

これで腕が上がらなかったら私はミジンコだね。




話はかわって。

先日学校でもらった「保健だより」に共感したので抜粋して紹介します。


〜「見る」ことは楽しい〜

目は脳の出張器官とも言われます。
脳が情報の約80%を目から得ているからです。
そんな目が「見ている」ものが、1日中スマホの画面ばかりだと
つまらなくないですか?
脳に届く画像は平べったくて、情報はとても限定的。

本の中に広がる世界、絵や写真、秋の風景、目にも美味しい旬の食べ物など
いろいろなものを「見て」、脳を楽しませてあげたいですね。



ですよね。
下を向いて、小さな液晶画面ばかり見るのではなく、
顔を大きく上げて、空を見よう。
きれいな空の色と雲の表情は、なによりも美しいです。













 2015_10_20

感覚

Category: 日記  

昼と夜で寒暖の差が大きくなってきた。
山は紅葉が始まっているとか。
雨が降ってばかりの夏でしたね。でも季節は巡る。
「明けない夜はない」と言う言葉を思い出す。(ちょっと違うけど)


去年の写真だけど、すごくきれいで大好きなのでまた載せちゃった。
秋だ。

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「どの感覚が自分にとって一番か」

そもそもは山田耕筰についての番組をダンナが熱心に見ていたから。
彼は芸術の中でも一番惹かれるのは、「音楽」だ、とのこと。

私は「書」だけれど、実は異様?に「美術」(絵画)への執着がある。


ダンナはピアノを男の子にしてはちょっと長く習っていたそうで、今も十分弾ける。
さらに「耳コピ」(耳で音を覚えて弾ける)ができる。
それと比べると、私は音痴じゃないけど、音楽のセンスはないね。

というわけで、ときどき私に付き合わされて絵や書を見に行かされるけど、
実は「悪いけどピンとこない」んだそうだ。
...ということがよくわかったので、今度からは誘わないことにする。



で。
そういう話から、聴覚、視覚、嗅覚、触覚、味覚、(第六感?)の
どの感覚を一番頼っているか、という話になった。

頼っている、というか、重要視している、一番優れている、
日常の色々の判断に直結している、
などそんな感じ。

だいたい人は90パーセントを「視覚」で判断しているそうだから、
視覚超優位なんだろうけれど、それでも、なんか知らないうちに大事にしている
感覚ってことかな。



そうやって考えてみると、私はかな〜り視覚の人。
とにかく見ないと気が済まないし、見た感じが結構何かを左右している。
仕事も趣味も、やっぱり見ることが優位な気がする。
(あーだから今もいろいろ悩んでるんだな)


聴覚もかな?って思ったけど、古い友人たちがよく言うのを思い出した。
「人の話、聞かないよねー(笑)」
そうだ、私は聴覚を遮断することがあるのです(笑)
(外国語を覚えるのが苦手なのはここにあるかも!
でもって、私はラジオを聞くのが苦手。疲れる)


ふーん。

ちなみにダンナは視覚も重要だけど耳もかな、と言っていた。
聴覚優位の人は人の話を聞くのがうまい気がする。(勝手な推理です)
(でもって、外国語を覚えるのがうまいかもしれない)
彼は話を聞くのがうまいと思う。

ふむふむ。


例えば私の大好きな料理家は、エッセイで「小さい頃から、とにかくなんでも
口に入れてみないと気が済まなかった。」とあった。
料理家なんだから味覚が一番なのは当たり前じゃん、て思うけど、
そこを一番頼りにしてたから、料理家になったんじゃないかなぁ。


ここからは私の勝手な考えだけど、スポーツ選手や武道家とか、そういう人たちは
触覚かな、と思う。
よく些細な足の裏の変化がどうのや握った具合がどうの、とか、
目で見えてなくても、後ろの様子がわかるとか、
肌感覚っていうのかなぁ(第六感もあるかもしれないけど)、なんか触覚が秀でてる
ような気がする。


ちなみに嗅覚は、一番原始的な感覚だそう。
原始の人は、この食べ物は食べられるか、この場所は安全か、そういう危険か安全か
の判断に嗅覚を使ったとか。なるほど。


岐路に立った時、自分の優位感覚が選択に役立つかもしれない。
でも優位感覚に頼りすぎると、すごく何か偏ってしまうかもしれない。

特に視覚は、頼りすぎると判断を誤ることが多いように思う。
例えば、「違うよサイン」が自分の中で小さく出てるのに、
見た目で押し切って結果失敗するとか...

視覚優位って「本能」を鈍らせるのかもなぁ。危ない危ない。




そうは言ってるけど、
今日はまた絵を見に行ってしまった。

茨城県近代美術館「6つの個展 2015」

茨城を拠点にして活動している6人の作家の企画展。

どれもこれもすごく良かった。

いいものを見た。

見ながら、自分の中に立ち上るフワ〜としたものを味わうのが好き。















 2015_10_03


先日ガンで亡くなった女優さん。

特に、好きでも嫌いでもなく...いや、どっちかというとあんまり
好きではないって思ってたかな。
なんとなく、ね。

でも、旦那さんが
「最後の最後まで、女優だった」というようなコメントをしたのを聞いて、
あのとき、痛々しい姿をさらしてまでも、女優、タレントとしてきっちり
最後まで仕事をした、そういう姿勢を貫いたことは、
「うわ、やられた」と思う。
カメラの前でピンと背筋を伸ばし、笑顔を絶やさなかった最後。
ちょっとかっこいいよ。


そういう風に思うと、芸能界ってキラキラ華やかで素敵!なところよりも
意地とか覚悟とか我慢、根性、悪口や嫉妬にも負けない etc...
すごく体力がいりそうだ。
チャラチャラっとしたものじゃ、長く生き残っていけそうもない。
息長くやれるのも芸能人としての才能でしょうか。
(それはどこの世界も同じですが。)

もっと長生きしたかっただろうな。
やることはやった、と思うだろうか。
やっぱり誰かが亡くなると色々考えてしまう。



私を含め、なぜか私の周りでは断捨離する人が多い。

私も何度かの断捨離(そんな大規模じゃないけど)をやって、
若干やりすぎて「しまった〜捨てなきゃよかった」と時々思う...
だめじゃん。

断捨離は、一人暮らしにはいいけど、家族の同意が必要です。

先日はプリンターの置き場所に(単純に)困って聞いたところ、
「す、て、な、け、れ、ば、どこでもいいですよ」
と、言われた。
とうとう「あなたはミニマリストですか」とまで言われた。

ミニマリストは持たざる暮らしを実践する人のこと。
持たないのが幸福、という信念だけど、弊害の一つは神経質になること、
だそうだ。
一歩外に出た時に、普通の人の当たり前の状態が、
「ノイズ」になってつらくなるという。

現実はというと、物だらけ欲だらけでとてもミニマリストじゃないんだけど、
もうちょっと緩めてもいいかもな。



最近の反省。
何かに没頭すると(趣味の範囲でも)、一番先に放棄するのが「ごはん作り」。
作るのも、まともなごはんを食べるのもめんどくさくなる。
掃除はなぜかあまりさぼらないが。

大人だけの生活だから、許されるのはわかってます。
子育て中の人や大勢の家族をめんどうみてる人が聞いたら怒りますね。

すぐに「コンビニ惣菜にしちゃおうかなぁ」が最近少し多いかな。
この間提案したら、「またでたよ」って言われちゃった。

これが頻繁になるとダンナが見かねて作ることになる。
仕事して遅く帰宅してから、私がいるにもかかわらず、ごはん作りは
ちょっと申し訳ない。
反省してます。

「身体は日々の食事でできている」

むむ。
いけないいけない。




















 2015_09_26


だいぶ吹っ切れてきたなー、と自分でも思った話。

同僚のおじさまに
「えーと、その髪型は誰かの真似?なんか雑誌とかに出てた気がするな。
前の髪型より、えーとその、自分で気に入っているの?」

と言われて、瞬発的に

「いいえ。この髪型はオリジナルです。私独自のブランドですよ。
雑誌とか誰の真似でもありません。気にいるとか気に入らないとかも関係ないです。」
と、迷わず言葉がスパンと出た。

言った自分もびっくりしたね。

そ。これが本来の私なのだ。


連休中、熊本に住む友人と1年ぶりに会って食事をした。
こっちに帰省してきたので、時間を作ってもらって束の間の女子会。
どっちも性格的にあっさりしてるから、バーっと会って話して
美味しいものを食べて、スパッと別れる(笑)いさぎよいですよ。

私のブログを読んでる彼女は、私がどんな髪型をしているのか気になってた
らしいけど、第一声が「垢抜けましたね!」

「前はなんかこう、型にはまってたって感じだけど、今は自由な感じ。
明るくなった。」とか、嬉しいことをいってくれた(笑)

うふふ。

そんなわけで、自信をもって、今後オリジナル化がさらに進むでしょう。

熊本土産。色々とありがとう(@^ ^@)またね!

IMG_1478.jpg




先日、フェイスブックを退会しました。
私は、全くもってSNSが向いてなかったな。恐ろしく無精者でした。
申請してくれた方々、ゴメンなさい。
ご縁があれば、いつかまたご縁があると思います。



ながーく付き合っている友人が、私をこう言う。

「にっこりと柔和に、どんな人にも当たりが良くて、一見流されてるみたい
なんだけど、実は、これだっていう部分は絶〜っ対に譲らないよね。」

そう。頑固者なの。

















 2015_09_21


今朝は日が薄くさしている。何にちぶりだろ。

最近は鉢植えにキノコが生えたり、根腐れしかけたり
洗濯物もこれは乾いているんだか、まだなのか...。
うっとうしい感じが続いているなー。

あぁ〜太陽ってありがたい!早くカラッとした秋晴れの空が見たい。

- - -

学校の仕事も始まって、いや〜、仕事をしている人には申し訳ないけど
疲れて疲れて。(たった一週間で!)
かなりヘトヘトで今週の授業を終えたわよ。
今日は、自分にご褒美をあげることにします。(甘やかし)


夏休み中、確かに時間はあった。でも結局生活のリズムが狂っているので、
なんだか最後の頃はソワソワしてしまう。
仕事が始まったら始まったで、9月10月、怒涛のスケジュール。
まぁメリハリってことで前向きに。



今日は朝から掃除。(夏休み中より集中:笑)
で、大好きな(?)雑巾掛けもした。
モヤモヤ気分のときは、とにかく雑巾掛けが一番!

それにしてもいつまでたっても、外がうるさい。
やっぱり大木はぜーんぶ切り倒されて、今は更地化作業がどんどん
進んでいるところ。鳥さんたち、どこへ...。
ほんと、「それ行けー!」的ぶち壊しは早く終わってほしい。(- -#)


- - -

最近、特に思うようになったこと。

生徒との距離。

彼らが日常楽しんでいること、面白いと思うことがわからん。

わからないというのは、共感が難しいということ。

笑いのツボもノリも、言葉の使い方も全然違うしさ。
SNS、私はぜんぜん興味ないんだよなー。
今の小・中学生の流行りってなに?
学校の勉強ってどんなことしてるの?
普段(SNSで)何、話してるんだろね。


子供がいないと、更にほんとわからない。
自分の子供時代を引き合いに出したって全然あてはまらないし。


じゃあ理解して近づけるように、いろいろアンテナ立てて、
同じようなことをやってみて、共通体験を増やすといいのかな。
話が合うようにさ。

「あの先生、マジうちらをわかってるよな」って言われるように。
(ちなみにこんな言い方をするかわかりません)

...どうだろ。私、それやる?ん?

こんな「隔世感」を訴えること自体、やっぱり年をとったってことか。
あとは頭が固いんだろうね。


- - -

最近すっかり見た目もオバさん化したし(あ、髪型のことね)、
やっぱりひそひそ「あの頭、マジやばくね?」なんて聞こえると、
その度にチクっとくるし。

「なんかもうさ、どうしてこんなことになったんだろうね」
とダンナにグチると、

「あのさ、この歳、もう見た目じゃなくて中身で勝負じゃないの?
次のフェーズに入ったんだよ。」と言われた。


【フェーズ  段階、局面、相 】(流行りのカタカナ語ですが)


うーむ、この表現は私を納得させる。


そっか。次のフェーズに移行したんだよ!


もしくは、なに言われてもいちいち傷つかない、修行中。


あーあ、これはすごいグチ三昧のブログじゃ。
全部読んでくれた人、ありがとう。

























 2015_09_04


そこの家の大木は、私がここに引っ越してきてから毎日見続けてきた。

高さはマンションの4階くらいまである。枝も太く四方に大きく広がる。
何の木かはわからない。

秋には黄色く色づいて、
冬には枯葉数枚を残して、すっかり葉を落とす。
空が透け透けになって、冬の空がよく見える。

春が近づくと一斉に黄緑の若葉が出て、
春から夏には鳥が巣をたくさんかける。

台風のときは、ざぁざぁと葉ずれの音がして、葉も枝も強く波打つのを見ると、
ちょっと怖いような、でもそこにあると風よけになってもらっているような
安心感もある。

四季おりおり、ここに住んでから、ずっと見ていた。


先日、その大木のある家が取り壊され始めた。
少し前まではたしかおばあさんが住んでいたはず。
そういえば、人の気配がなくなっていたかな。

ものすごい勢いで取り壊しが始まって、家はずたぼろになっていった。
ガシャーンガシャーンと窓を割る音。バキバキと何かを剥がす音。
なんだかわからないけどドカンドカンとも音がする。

ときどき、笑い声やテンションが上がっている声がする。楽しそうだ...


あそこは更地になったら何になるんだろう。

そしてその敷地のど真ん中にある、あの大きな木は
絶対に切り倒されると思う。
もうすでに、家と同様にあちこち生木が剥がされ、枝が折られ
ずたずたになりつつあったから。


なんだか悲しい。

ずたぼろになって、いつかまっさらになくなるのを
私はただ見ているだけしかない。
でも、よーく覚えておこう。

あんなに大きな木に育つのに、何十年かかったんだろう。
ゼロにするのは驚くほど、一瞬。


あの風景がなくなるのを考えると、ちょっと泣ける。






 2015_08_26


今年の夏休みは、健康診断などそういうメンテナンスに力を注いでます。
胃カメラも初体験。今は長く巣食っていたピロリ菌を退治するために服薬中。
この薬、一生物を「壊滅」させるわけだから、結構体にダメージがある。
副作用もいろいろあるし。仕事しているときは、ちょっとしんどいかもしれない。
夏休みで正解だな。
そういうわけで、ピロリ菌か私の体力が勝つかの勝負中です。(おおげさ)

- - -

去年あたりから、あちこち不具合がでて、なかでも皮膚が弱くなった。
今は、ボディソープなんかは成分チェックを必ずする。

ラウリル酸、ラウルス酸といわれる成分は洗浄効果が強いそう。
ごっそり洗い落とすのね。
これが入っていると途端にヒリヒリ、熱を持つような感じになるから
おそろしい。(私は。)
そのことに気づいてからは、きっちり避けるようになった。
ちなみにこのラウリル酸て、石油からできてるんだって。(ダンナ談)
げ。

で、あれこれ探して、たどりついたのがこのペリカン石鹸。

IMG_1458.jpg

今の私にはベストなボディソープ。
ふつうよりちょっと大きめ。自然派のわりに泡立ち良好。香りも良い。
一個150円。こればかりはケチるわけにはいかない。


- - -

今年の夏は、書家「井上有一」に執着した夏だった。
7月にも東京に書道展を見に行き、この間のお盆休みには高崎の
群馬県立近代美術館にまでに見に行ってしまった。


IMG_1452.jpg

IMG_1454.jpg


この美術館では毎年夏に、井上有一の「東京大空襲」「噫横川國民學校」の
作品展示がある。(...ということをマンガ「とめはね!」で知りました。)

以前のブログにも書いたけど、井上氏は戦争から33年経ってようやく作品に
できたそう。


美術館では井上有一展だけじゃなく、いろんな企画展もやっていた。
夏休みだからか、家族連れもやってきている。

だいたいみなさん井上有一の書の部屋は、さ〜っと一回り。


「あ〜、ここは習字か」......は?習字!?
興味ない人、知らない人にしてみると「書」と「習字」も同じか。
しゃあない。...今回は口を挟みませんでしたよ。


まぁ、特にこの作品は読みにくいからよけいに仕方ないかも。
私も一生懸命読んだもんね。

ここの作品は、むしろ読むというより何か表面から漂うものをキャッチする
ことが大事ではないかと思います。


「東京大空襲」という作品は、大きな長い紙500枚(!)に同じ言葉を
繰り返し書いて、その中の33点が作品になっている。
左から右から、思いついたまま、本能で書いたみたい。
ぐるぐる渦巻いた字形が多用され、どの作品からも、何かを絞り出し
吐き出した感じがする。

「噫横川國民學校」は、これはすさまじかった。
ところどころ墨がこすれた部分は、まさに焼夷弾が落ちたような痕に見える。
墨が飛び散り、全体の印象は叫び、火炎みたいな感じ。
一気呵成に書いたそうだけれど、これは推敲したり技巧を入れたら、作品に
ならなかったように思う。


活字の原文をのせます。
小さいけど、見えたら読んでみてください。

FullSizeRender.jpg


「井上有一」への執着、なんとなくひと段落したかな。


今年の夏は、私なりに少しばかり戦争と向き合いました。





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